寂しさとは特定の相手を求める欲望だ。
独りでいることはみずから満ち足りていることだ。
独りで十分、一人が全宇宙だ
辞書にどう書かれていようと、それは全く間違っている。
それらは「寂しさ」と「独りでいること」は同義だという
それは違う
OSHO
S&Y WORKSHOPのオリジナル衣料は、豆腐の様だと例える事がある
オーガニックコットンの無漂白で無染色の生成色は
それは原材料その物の色で何も手を加えず添加もしていない自然の色
原材料の質にこだわり、見た目のディティールデザインは付け足さない
それはまるで、上質な豆腐の様だとも思える
豆腐もシンプルな食べ物だ
原材料は基本的に大豆なので、正しく作られた大豆で正しく作られた豆腐は
そのままでも十分美味しいのだ
そして色も真っ白ではない
そんな豆腐はあれこれ調味料を足して料理されては台無しになるより
やはりそのままに近い料理が良いと思うのだ
ほんの少しの薬味で、その豆腐の美味しさが感じれると思うのだ
それはS&Y WORKSHOPオリジナル衣料にも同じ事が言えると思う
余計なディティールデザインは足さない
生地の質が重要と考え、上質なオーガニックコットンを採用した衣料
無地で着る事で上質な素材の衣料の意味を感じ、ほんの少しの薬味と言える
ベンガラ泥染めやベンガラ泥染めの染料を用いたステンシルプリント
正しい素材で作られたものは、心身ともに気持ちが良いのである
そして着る物と食べる物の、その人の価値観は同じだとも思えるのであります
そんな事もあり、私は夏は冷奴冬は湯豆腐が好みなのであります
ほんの少しの薬味を何にしようかとも楽しむのであります
それはオーガニックコットンの衣料をベンガラ泥染めをしたり
ベンガラ泥染めの染料でステンシルをどの様にしようか?と
考えることの楽しみと同じ様だとも思えるのであります。
『価値観が合えば幸いです』
店主
土曜日の朝に車に乗る事があると、必ずFMラジオを聴く
ピーターバラカンさんの番組を聴きながら車を運転するのが心地よいのである
先日の土曜日もそんな朝であった
この日はロバータ・フラッグの追悼番組で
朝の7時過ぎからロバータフラッグのデビューアルバムからの1曲で始まった
一般的には朝には合わないようなJAZZ全開の曲が私には嬉しい選曲
そんな選曲は昔古着などの買い付けで行っていた、サンフランシスコの朝を思い出させてくれた
朝早くからJAZZばかりの番組で選曲される曲は、とても渋くて
朝のサンフランシスコの街がより一層素敵に見えた
日本のFMラジオではおそらくこのような事はないだろうな、と感じた事を思い出した
そんな昔の思い出も思い出させてくれた曲が終わると、ピーターバラカンさんがこの曲につて解説してくれる
その中で私も感じていた、とてもベースの音が格好良いと思っていたベースの事に触れた
そしてこのベースはロン・カーターであった、やはりそうかと少し嬉しく思っていると
ロバータ・フラッグはこのロン・カーターについて
Less is moreの事をよく分かっている人だと言っていたらしいとも言っている
そのロン・カーター曰く『音の間の無音の音も重要であると理解する事である』
という考えを持つ人であると話していた事を聞いて
ちょうど信号待ちしている運転席で、私は一人でウンウンと頷くのである
その頷きとは、音楽を演奏しない私はそのLess is moreのような事をサーフィンに置き換えて考えているからであります
自分の思うサーフィンとは”間”を大事にしたいと考える
1本の波でのライディングで何もしない”間”がある事で
ライディングの映り方がとても綺麗に写るのと考えているので
ロン・カーターの『音の間の無音を重要であると理解する事である』という考えは
とても嬉しく思い、ついつい一人で頷いてしまったのである
スラスターに乗る上手なサーファーのサーフィンは
いちサーフィンをする者としてもちろん見惚れるが
自分のスキルやセンスではそのサーフィンではないのである
やらない?目指さない?出来ない(笑)という事なので
『何をするかというよりは、どう乗るか』
という価値観もしくは美意識で波を乗る事を
スポーツというよりはクリエイティブに考えていきたいのであります。
そして
Less is more『少ないほうがより豊かである』
という考え方から”捨てる”のではなく”選び抜くに価値を”という考えににも出会い
その考えはままさしくS&Y WORKSHOPでもあるのです
価値観が合えば幸いです
店主